心はお酒でごまかせない。心のグラスを満たす ”飲まない”ライフスタイル「ソバーキュリアス」
皆様、こんにちは。
仕事終わりの一杯、友人たちと酌み交わす盃、祝いの席での乾杯、家で静かに楽しむ晩酌など。お酒は、緊張をほぐし会話を弾ませる“人間関係の潤滑油”として、時には、疲れた心をほぐしてくれる“ご褒美”として、あるいは”文化”として、古くから人々と共にありました。けれど、「なんで、あんなに飲んでしまったんだろう…もう二度と飲まない」と、二日酔いと自己嫌悪に苦しんだ経験はありませんか?それでもお酒をやめられないのは、どうしてでしょうか?

現在では、多くの研究が、「ほどほどに飲む酒は百薬の長」が間違いであったことを証明し、飲酒による深刻な健康被害に警鐘を鳴らしています。私たち自身もまた、コロナ過で健康のありがたみを実感しています。にも関わらず、今なお、お酒をやめられない人たちがたくさんいます。体に悪いことを承知の上で、心にモヤモヤを抱えながら飲み続ける…飲酒そのものが習慣になってしまっている人も少なくありません。そんな中、「本当にお酒って必要なの?」という問いが投げかけられています。若者世代を中心に、病気や体質とは関係なく、お酒を”あえて飲まない”選択をする人たちが増えているのです。そこで今回は、世界の新しいトレンドになりつつあるライフスタイル「ソバーキュリアス」についてお話ししたいと思います。この記事が、皆様のこれからの“お酒とのつき合い方“を見つめ直す良いキッカケになれば幸いです。

ソバーキュリアスとは、「しらふ」を意味するSoberと、「興味を持つ」Curiousを掛け合わせた言葉であり、“お酒とのつき合い方”を見つめ直すライフスタイルのことを指します。ただの断酒とは異なり、お酒を飲みたくなる理由(どんな思いから逃げたくて飲もうとしているのか?)を探り、「お酒に頼らなくても幸せになれる自分なりの生き方」を見つけることに重きが置かれています。2018年に発行された同名著書をキッカケに、ミレニアム世代やZ世代を中心に支持を集め、コロナ過を経て世界のトレンドになりつつあります。
参考:著書「Sober Curious」-Ruby Warrington (著)
2. どこでも簡単に手に入るドラッグ「お酒」
お酒は、人類の歴史とともに歩んできた背景があります。人々は、冠婚葬祭といった特別な機会にお酒を酌み交わし、共に祝うことで仲間意識を高めてきました。テレビCMや広告、多くの映像作品の中でも、お酒は「家族や友人との楽しい一時を与えてくれるもの」として描かれています。現代ではコンビニでも簡単に手に入れることができ、身近な存在として社会に、そして私たちの意識の中に溶け込んでいます。しかし、「お酒が健康に悪い」ということは誰もが知っています。

参考:厚生労働省「健康日本21(第2次)の推進に関する参考資料」
2-1. お酒にほどほどは存在しない
厚生労働省の調査では、飲酒と生活習慣病リスクとの明確な相関が示されています。世界保健機関(WHO)もまた「健康にとって安全な飲酒量は存在しない」と公言しています。激しい頭痛や吐き気、倦怠感、意識混濁、異常な渇き…二日酔いを経験したことのある方であれば、誰もが納得できることでしょう。
お酒による健康被害を挙げれば切りがありません。たとえ少量の飲酒であっても慢性化すると、肝臓をはじめとする臓器障害、高血圧や不整脈、がん、脳卒中、睡眠障害、認知症、精神疾患などが生じます。また、忘れがちですが、酩酊状態での怪我や転倒、交通事故も相当数報告されています。2019年の報告によれば、アルコール関連死が世界全体で260万人に昇り、総死亡人口の約4.7%を占めました。その有害性を鑑みて、お酒に寛容な日本でも「アルコール健康障害対策基本法」が施行されたほどです。


身体は正直者。「変なもの」が体内に入ると、メッセージを発して教えてくれてるんだ。
参考:認定NPO法人ASK「多岐にわたるアルコール関連問題」
2-2. お酒を飲む理由、やめられない理由
もともと、ヒトの脳は快楽的な刺激を求め、不快感を遠ざけようとする性質があります。そして、お酒(アルコール)は、ヘロイン、コカインなどの麻薬に並ぶトップクラスの高依存物質です。何かとストレスの多い現代社会では、この2つがうまく作用してしまい、「お酒を飲むと嫌なこと忘れられる」という脳の回路ができやすいのです。

特に、人生で耐えがたい苦しみや生きづらさを抱えている人たちにとっては、お酒が生きるための「精神的な支え」になっているケースもあります。死にたくなるような苦痛から一時的にでも逃れたくてお酒を飲んでいる…そう簡単には手放せません。頭で「お酒が身体に悪い」と分かっていても自分ではとめられない、他人から「お酒をやめなさい」と言われてもやめられないのは、そのためです。かつてのアメリアで施行された禁酒法が成功しなかった(むしろ、お酒によるトラブルが急増した)のも、飲酒をただ取り締まっただけで、お酒に頼ってしまう人々の背景を考慮しなかったからなのです。
3.「ソバーキュリアス」の3つの魅力!
お酒をやめたくてもやめられない…でも、ずっとお酒に頼ったままでは、いずれ身体も心も壊してしまいます。だからこそ、無理やりお酒をやめようとするのではなく、お酒を飲みたくなる理由(どんな思いから逃げたくて飲もうとしているのか?)を探り、それを解決することが大切なのです。
参考:著書「Sober Curious」-Ruby Warrington (著)
Point 1:心が満たされ、ストレスから解放される!
お酒は、心に抱えた傷や痛みをごまかしてくれる麻酔にはなりますが、傷そのものを癒す力はありません。ソバーキュリアスは、その心の傷を癒すアプローチに他なりません。
自分の内面と向き合い、お酒を飲みたくなる理由(どんな思いから逃げたくて飲もうとしているのか?)を探り、その解決を目指す。「私に必要だったのは、お酒じゃなくて、カウンセリングかもしれない」—もしかしたら、そんな答えに辿り着くかもしれません。


飲まない生き方を選べば、手軽に憂さを晴らすことはもうできませんが、心が求める本当の安らぎを取り戻すことができます。
Point 2:生活の質(QCL)が劇的に良くなる!
飲まない生き方を選べば、当然、飲酒による健康被害を全て取り除くことができます。中でも、人生の3分の1を占める「睡眠」の改善は絶大です。睡眠のリズムが整いぐっすりと深く眠れるようになるため、身体に溜まった疲労が取れ、朝を気持ちよく迎えることができます。もちろん、脳にもポジティブな変化が起こります。良質な睡眠は、不安症状の予防やストレス耐性、集中力・記憶力・判断力の向上に繋がるため、思考がクリアになります。仕事や日常生活でのパフォーマンスも自然と上がり、小さなことでイライラすることも、気持ちが落ち込むことも減っていきます。そうなれば、お酒という慰みがなくても、毎日を活き活きと過ごせるようになれます。


Point 3:健全な“つながり”が生れる!

ヒトは社会的な生き物であり、本能的に「孤独」を恐れるもの。仲間外れになりたくなくて、勧められたお酒を断りきれず、飲みたくもないお酒を飲む人(ソーシャルドリンカー)も一定数いらっしゃいます。しかし、飲まないからこそ、自分の本音で語り合い、リアルな会話を楽しむこができるのです。話の内容を酔って忘れることもありません。もしも、お酒ありきで成り立っている関係があるのなら、そういう付き合いから距離を取るのが賢明です。飲まない選択をした自分を、ありのままの自分を認めてくれる人たちとだけ付き合う方が、ずっと豊かな人間関係を築けます。

私たちは、良くも悪くも周囲の人たちから影響を受けます。だからこそ、誰と一緒にいたいのか、「自分の軸」で選ぶべきなのです。
4.「ソバーキュリアス」への道
近年の健康ブームやノンアルコール飲料の拡充、企業でのアルハラ対策などもあり、お酒を飲まない人にとっても生きやすい環境が整ってきています。また、ソバーキュリアスを知っている/興味がある層も増えてきており、飲み会文化が根強い日本でも一定の認知を得ています。ソバーキュリアスへの第一歩として、1ヵ月間だけお酒を飲まないドライ・ジャニュアリー(断酒の1月)、ソバー・オクトーバー(しらふの10月)などのキャンペーンに参加する方もいらっしゃいます。

参考:日本経済新聞「1カ月断酒の効果は広がる― ドライ・ジャニュアリー」

5. 結び
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
私たちヒトは、意志の弱い生き物です。多少なりとも、何かに“依存”して生きています。それ自体は悪いことではありません。明日も元気に活動していくために、“ある程度の息抜き”は必要でしょう。しかし、現代のストレス社会における“お酒の魔力”はあまりに強力です。息抜きで飲んだつもりが、そのせいで生活に支障を出てしまっている人たちが大勢いるほどです。お酒に頼ってしまう人たちの弱さを、その生き方を否定することは誰にもできません。でも、もしも皆様自身が、お酒との付き合い方に少しでも疑問を感じたのなら、一度立ち止まって考えてみてください。それは、心安らかに生きたいと願う小さな叫びかもしれません。
ソバーキュリアス ―それは、心をお酒でごまかさない生き方。お酒をただ我慢するのではなく、飲まない自分を大切にする選択。道は険しいかもしれませんが、そのぶん多くの豊かさを実感できるはずです。皆様が「お酒に頼らなくても幸せになれる自分なりの生き方」を見つけられることを願っています。
自分に優しく、人に優しく。自分貢献から他者貢献、そして、社会貢献へ。それが回りまわって、皆様自身や家族にとって優しい社会になるのだと、私は信じています。

