子どもの「自分を守る力」を育む。ふるわれる暴力から心と身体を守る予防教育「CAP(キャップ)」

子どもたちが笑顔で安心して過ごせる日常。日本で暮らしていると、その当たり前がずっと続くものだと、ついつい信じてしまいます。けれど、現代の子どもたちは、実に多くの危険にさらされています。いじめや虐待、誘拐、性暴力など…痛ましいニュースを耳にする度に、子どもたちを傷つける現実が、決して遠い話ではないことに気づかされます。親御さんや子どもを見守る地域の方々であれば、「この子を守りたい」「この笑顔を失わせたくない」という使命感が湧き上がることもあるでしょう。当然、私たち大人たちが、子どもたちの安全を守らなくてはなりません。でも、子どもたち自身が「自分を守る力」を身につけることも、また大切です。
そこで今回は、世界中に広がり、日本でも多くの子どもたちに届けられている暴力から心と身体を守るための予防教育プログラム「CAP(キャップ)」についてお話ししたいと思います。自分を大切にすることから、生きる力が育まれる―学校ではなかなか教わらない「人としての尊厳」についての学びがここにあります。

CAP(キャップ)―Child Assault Prevention-は、子どもたちが暴力から自分の心と身体を守る力を身につけるための予防教育プログラムです。いじめ、虐待、体罰、誘拐、痴漢、デートDVなど、子どもたちの周りで起こりうる様々な危険への具体的な対処方法と行動を学びます。
子どもたちを怖がらせるのではなく、心の中に「安心」「自信」「自由」を育み、自分の身を守るために「できること」を増やすことに重きが置かれています。1978年のアメリカ(オハイオ州)で開発され、今では世界各国で実践されています。
参考:認定NPO法人CAPセンター・JAPAN「ホームページ」

子どもたちの年齢や発達段階に応じたワークショップだけでなく、「守る側」である大人向けのプログラムも展開されています。

2. 子どもの近くに潜む「暴力」
私たちが願うのは、子どもたちが笑顔で安心して過ごせる日常です。けれど、現代の子どもたちは、家庭や学校、地域社会の中に潜む様々な危険に晒されています。

2-1. 言葉にできない「SOS」
子どもたちを取り巻く暴力は、私たちが想像するよりもずっと多様です。学校でのいじめ、ネット上の誹謗中傷、交際相手からのデートDV、「しつけ」という名目で行われる体罰や暴言など。たとえ身体的な外傷がなくとも、こうした「見えない痛み」は、子どもたちの心に深い影を落とします。子どもたちが見せる問題行動や不登校、急な体調不良は、実は言葉にできない心の叫び(SOS)なのかもしれません。
特に、学校での「いじめ」は、子どもなら誰もが経験しうる深刻な問題です。文部科学省の最新報告によると、2024年度における小中高学校でのいじめ発生件数は、認知されているだけでも769,022件 ―少子化が進む昨今でも、毎年、最悪値を更新し続けています。


大人にとっては些細なことに見えても、子どもにとっては深刻なことって結構あるんだ…
参考:文部科学省「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果」
2-2.「閉ざされた環境」でふるわれる暴力
最も安全であるはずの「家庭」が、子どもにとって最も危険な場所になるケースもあります。子ども家庭庁の発表によると、2024年度の児童虐待相談対応件数は、全国で223,691件 ―こちらも年々、増加傾向にあります。また、UNICEFによる世界的な調査でも、5歳未満の子どもの10 人に6 人が、親や保護者からの日常的な虐待を受けているという衝撃のデータが示されています。これらの数字は、氷山の一角に過ぎません。家庭という「閉ざされた環境」で行われる暴力は、外部からは発見されにくく、実際には数字に表れている以上の虐待が存在すると推定されています。中には、自分が行っているのは虐待ではなく、「しつけ」だと思い込んでいる大人もいます。児童虐待は、決して他人事ではなく、どの家庭にも起こりうる現実なのです。

幼少期に虐待を受けた子どもは、大人になってから自分の子どもにも暴力をふるってしまう傾向にあります。暴力の被害は一瞬では終わりません。生涯に渡る心の傷を負わせるだけでなく、世代を超えて「連鎖」してしまうのです。
参考:子ども家庭庁「令和6年度児童虐待相談対応件数(令和8年1月現在)」
参考:国連児童基金UNICEF「Report press-released at 11 June 2024」
2-3. 自分を大切にできない子どもたち
日本の子どもたちを語る上で見過ごせないのが、自己肯定感の低さです。欧米では、70%以上の子ども・若者が「自分自身に満足している」と感じている一方、日本では57%程度と低い水準に留まっています。自分は大切な存在 ―そうと思えないと、ふるわれる暴力に対して声を上げることができなくなります。「僕も悪いから…」「どうせ私なんて…」というネガティブな気持ちが、自分の権利が侵されている事実を覆い隠してしまうからです。

私たち大人は、子どもの安全のために最大限の注意を払わなくてはなりません。しかし、子どもたちの置かれた環境は一様でなく、1人ひとり異なります。だからこそ、子どもたちもまた「暴力に気づく力」と「自分を守る方法」を身に付ける必要があるのです。
3.「CAP」の取り組み
CAP(キャップ)の本質は、人権教育 ―子どもたちが「安心して」「自信を持って」「自由に」生きる権利を守り、育てること。人権を奪う暴力に対して、子どもたちの「できること」を増やすポジティブなアプローチが特長です。NPO法人「CAPセンター・JAPAN」さんをはじめとする全国140以上のCAPグループから、全国各地の幼稚園や学校、施設に予防教育プログラムを提供されています。


1995年から2025年までの30年間で、ワークショップに参加した子どもと大人は累計610万人以上に昇ります。
参考:NPO法人CAPセンター・JAPAN「子どもの権利を基盤にした予防教育」
参考:内閣官房-第5回こどもまんなかフォーラム「CAP/ 子どもへの暴力防止の取組」
➀ 子どもの「安心」「自信」「自由」を育むワークショップ
CAPの子ども向けワークショップでは、生きていくために不可欠な3つの権利「安心」「自信」「自由」があることを必ず伝えています。そして、この権利が奪われそうになったとき、子どもたちが「No(やめて)」「Go(逃げる)」「Tell(相談する)」という具体的な行動が取れるように、ロールプレイや討議を通して学んでいきます。このワークショップが素晴らしいのは、子どもの発達段階や心の成長に合わせて、学びの内容がきめ細かに設計・工夫されている点です。

就学前(3~5歳):「自分は大切な存在」を五感で学ぶ
知らない人との安全な距離の取り方や、身近な人から嫌な触られ方をされたときNo(やめて)と言う練習など。幼い子どもたちを怖がらせないように、人形劇や歌を使い、楽しみながら「安心」「自信」「自由」の権利を学びます。
小学生(6〜12歳): 具体的な行動を学び、選択肢を広げる
いじめや誘拐、身近な大人からの性暴力に遭ったとき、どう逃げるのか、誰に相談するのか。ロールプレイを通じて、もしもの時の具体的な対処方法を学びます。
中学生(13〜15歳):対話を通して、自律した個人になる
痴漢やデートDV、SNS上での性被害、ジェンダーの多様性など、思春期特有の課題をテーマに、他者との適切な境界線を保つ方法や、仲間同士の助け合い(ピア・サポート)、そして、自分の意見で選択し行動する自律性を「対話」を通じて学びます。

CAPの予防教育は、暴力の「被害者にならない」だけじゃなく、「加害者にならない」「傍観者にならない」ことにも繋がるんだ。
②「頼れる大人」を増やすワークショップ
子どもが勇気を出して「助け」を求めたとしても、受け止める側の大人が準備できていなければ、状況を変えることはできません。子どもが「この人なら頼って大丈夫」と思えるは、ふるわれた暴力に対して慌てずに対応できる大人です。
CAPでは、子どもへの教育だけでなく、保護者や教職員、地域の大人たちを対象にしたワークショップもセットで提供しています。子どもの狭い視界を体感してもらう体験学習「チャイルドビジョン」、声にできないSOSに気づくスキルの取得、関係機関や支援団体への繋ぎ方など、子どもたちが暴力に遭遇したとき、大人がどう振る舞うべきかを具体的に学びます。


CAPが大人に求めるのは、1人で正解を出すのではなく、家族・学校・地域が一体となって、子どもの安心を支える仕組み(コミュニティ)を育むことなのです。
③ 誰一人取り残さない教育方針
障がいのある子どもは、そうでない子に比べて虐待やいじめに遭うリスクが4〜10倍も高い傾向にあります。CAPでは、より困難な状況にある子どもたちへの専門的なアプローチにも力を入れています。例えば、「スペシャルニーズプログラム(SNP)」では、知的障がいのある子どもたち(軽度~中程度)の特性に合わせて、ロールプレイの内容をアレンジしたり、絵パネルを使って抽象的な概念理解を促すなど、子どもたちのペースで学べるよう工夫されています。
4. 結び
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
子どもにふるわれる暴力の現状は、決して楽観視できるものではありません。穏やかに見える日本でも、日常のすぐそばには子どもたちを脅かす危険が潜んでいます。けれど、必要以上に悲観的になることもありません。なぜなら、子どもたちを守るために、私たち大人にできることは、まだまだたくさんあるからです。「何が暴力なのか」を正しく知ること、子どものちょっとした変化やSOSのサインに気づくこと、そして、子ども自身が「自分を守る力」を身につけられるよう、そっと支えてあげること。
CAP(キャップ)は、大人だけでなく、子どもにも「自分を大切にする意識」と、そのための「守る力」を育むもの。暴力から子どもたちを救うため、40年以上もの間、世界中で大切に受け継がれてきた教育です。「あなたは、とても大切な存在なんだよ。守られる権利があるんだよ。」—この優しくも力強いメッセージを、どうか皆様からも、お子さんに伝えてあげてください。その一言が、その願いが、子どもが「安心して」「自信を持って」「自由に」生きられる未来へと繋がっていきます。それはきっと、誰にとっても生きやすい世界になるはずです。
自分に優しく、人に優しく。自分貢献から他者貢献、そして、社会貢献へ。それが回りまわって、皆様自身や家族にとって優しい社会になるのだと、私は信じています。

